国民栄誉賞の歴代受賞者一覧と辞退の真相|選考基準や記念品を徹底解説
日本最高峰の栄誉として広く知られる国民栄誉賞。1977年に創設されて以来、スポーツ界のレジェンドから昭和・平成・令和を彩った大衆文化の巨星まで、国民に深い感動と勇気を与えた人物や団体に贈られてきました。2026年に至るまで、その受賞劇は常に日本列島を沸かせる一方で、授与のタイミングや選考基準をめぐる議論が絶えません。
「賞金は本当に出ないのか?」「なぜあのスターは受賞を辞退したのか?」「最年少記録や女性受賞者の傾向はどうなっているのか?」といった疑問を抱く方も多いはずです。本稿では、歴代全受賞者の功績と豪華な記念品の内訳、さらには歴史に刻まれた辞退者たちの衝撃的な真相まで、一次情報と徹底した取材データをもとに余すところなく解剖します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:国民栄誉賞に賞金や年金はなく、本賞の盾とともに「100万円相当」の豪華な特注記念品が贈呈される。
- 要点2:辞退者はイチロー(鈴木一朗)、福本豊、落合博満、古橋廣之進の4名であり、現役選手としての矜持や独自の美学が背景にある。
- 要点3:最年少受賞は羽生結弦(当時23歳)。女性受賞者は国民的歌手や五輪金メダリスト、2026年授与決定の高木美帆など多岐にわたる。
【歴代受賞者一覧】王貞治から最新動向までの系譜と受賞データ
国民栄誉賞は、1977年(昭和52年)8月に当時の福田赳夫内閣総理大臣によって創設されました。第1号となったプロ野球の王貞治選手による通算本塁打世界記録達成を称えるため、既存の叙勲制度とは異なる柔軟な表彰制度として立ち上げられた経緯があります。
まずは、創設から現在に至るまでの歴代受賞者、授与日、主な功績、および贈呈された注目の記念品データを一覧表で総覧します。
| 受賞者(号数 / 授与年) | 主な功績・分野 | 主な贈呈記念品 | 編集部の解説・注目ポイント |
|---|---|---|---|
| 第1号:王貞治(1977年) | 通算756号本塁打の世界新記録樹立(プロ野球) | 鷲の剥製入り置時計 | 賞自体の創設契機。国民的ヒーローの偉業を即座に称えた原点。 |
| 第2号:古賀政男(1978年・没後) | 「古賀メロディー」を通じた大衆音楽への貢献(音楽) | 銀製花瓶 | 初の文化・音楽分野からの受賞かつ初の没後授与。 |
| 第3号:長谷川一夫(1984年・没後) | 映画・演劇界を通じた大衆文化への多大な貢献(俳優) | 銀製扇子 | 映画黄金期を牽引した名優への追贈。 |
| 第4号:植村直己(1984年・没後) | 世界五大陸最高峰登頂、北極点単独行など(冒険家) | クリスタルガラス製花瓶 | 冒険家としての不屈の精神を国家として称賛。 |
| 第5号:山下泰裕(1984年) | 前人未到の203連勝、ロサンゼルス五輪金メダル(柔道) | 蒔絵の硯箱 | 当時史上最年少(27歳)での受賞として話題に。 |
| 第6号:衣笠祥雄(1987年) | プロ野球2215試合連続出場世界記録(プロ野球) | 銀製ワインクーラー | 「鉄人」と称された不屈の継続力を高く評価。 |
| 第7号:美空ひばり(1989年・没後) | 戦後日本を歌声で支え続けた功績(歌手) | 蒔絵の小箱・花生け | 女性初の受賞者。昭和の歌姫の死に日本中が涙した。 |
| 第8号:千代の富士貢(1989年) | 大相撲通算965勝、通算最多勝利記録更新(相撲) | 銀製飾り皿 | 大相撲界からの初受賞。「ウルフ」の愛称で親しまれた。 |
| 第9号:藤山一郎(1992年) | 格調高い歌唱で大衆音楽の発展に寄与(歌手・声楽家) | 銀製置時計 | 存命中の音楽関係者として初の栄誉。 |
| 第10号:長谷川町子(1992年・没後) | 『サザエさん』を通じて家庭の温かさを描く(漫画家) | 銀製宝石箱 | 漫画家として初の受賞。国民的アニメの原作者。 |
| 第11号:服部良一(1993年・没後) | 『青い山脈』など数々の名曲を作曲(作曲家) | 銀製飾り皿 | 和製ポップスの礎を築いた巨匠への追贈。 |
| 第12号:渥美清(1996年・没後) | 『男はつらいよ』寅さん役で国民に愛された(俳優) | 銀製置時計 | 昭和の庶民感情を体現し続けた名優への敬意。 |
| 第13号:吉田正(1998年・没後) | 「都会調歌謡」を確立し大衆を魅了(作曲家) | 銀製花瓶 | 昭和歌謡の黄金期を支えたヒットメーカー。 |
| 第14号:黒澤明(1998年・没後) | 数々の不朽の名作で世界映画史に足跡(映画監督) | 銀製飾り皿 | 世界的な巨匠「世界のクロサワ」への追贈。 |
| 第15号:高橋尚子(2000年) | シドニー五輪女子マラソン金メダル獲得(陸上) | 銀製盛皿 | 五輪金メダリストとして初の受賞。28歳での快挙。 |
| 第16号:遠藤実(2009年・没後) | 『高校三年生』など大衆音楽の名曲多数(作曲家) | 銀製花瓶 | 戦後日本の情景を歌に刻んだ功績を評価。 |
| 第17号:森光子(2009年) | 『放浪記』単独主演2000回達成(女優) | 銀製置時計 | 存命中の女優として初の受賞。生涯現役を貫いた。 |
| 第18号:森繁久彌(2009年・没後) | 映画・舞台・ラジオ等で幅広く活躍(俳優) | 銀製飾り皿 | 昭和・平成の大衆文化を代表する大スター。 |
| 第19号:なでしこジャパン(2011年) | FIFA女子ワールドカップドイツ大会初優勝(サッカー) | 熊野化粧筆(監督・選手・スタッフ全員分) | 史上初の団体受賞。東日本大震災直後の日本に光を灯した。 |
| 第20号:吉田沙保里(2012年) | 世界大会(五輪・世界選手権)13連覇(レスリング) | 蒔絵の小箱 | 「霊長類最強女子」の偉業。圧倒的強さで社会を牽引。 |
| 第21号:長嶋茂雄(2013年) | プロ野球の発展と国民的人気の確立(プロ野球) | 金箔蒔絵の飾り皿 | 松井秀喜との同時授与式が東京ドームで開催。 |
| 第22号:松井秀喜(2013年) | MLBワールドシリーズMVP獲得など(プロ野球) | 漆塗りの蒔絵飾り皿 | 師である長嶋茂雄と並んでの晴れ舞台となった。 |
| 第23号:伊調馨(2016年) | 五輪女子個人種目史上初の4連覇達成(レスリング) | 京都・西陣織の帯(着物帯) | 五輪史に刻まれる4連覇の金字塔を評価。 |
| 第24号:羽生善治(2018年) | 史上初の「永世七冠」達成(将棋) | 蒔絵の硯箱 | 井山裕太と同時授与。頭脳スポーツ界からの初受賞。 |
| 第25号:井山裕太(2018年) | 史上初の囲碁七冠独占を2度達成(囲碁) | 輪島塗の文庫 | 囲碁界史上初の快挙。若き第一人者への栄誉。 |
| 第26号:羽生結弦(2018年) | 五輪男子シングル66年ぶりの2連覇(フィギュア) | 記念品辞退(本賞のみ受領、仙台平の袴で出席) | 個人最年少(23歳)での受賞。記念品辞退も話題に。 |
| 第27号:国枝慎吾(2023年) | 車いすテニス生涯ゴールデンスラム達成(パラスポーツ) | 特注漆器(輪島塗の飾り皿) | パラスポーツ界初の単独受賞。社会の多様性に寄与。 |
| 高木美帆(2026年授与決定) | スピードスケート五輪複数大会での金メダル・最多メダル獲得 | 伝統工芸品(調整中) | 冬季五輪における圧倒的な持続的功績を高く評価。 |
公式発表資料によると、2026年現在までに授与された(および決定した)対象は個人28名と1団体です。スポーツ分野と大衆文化(芸能・音楽・漫画)分野が二大潮流を形成しており、日本社会の時代の変遷がそのまま反映されていることが分かります。

知られざる記念品の裏側と「賞金ゼロ」の真実
ネット上やSNSでは「国民栄誉賞をもらったら賞金いくら入るのか?」「一生遊んで暮らせる年金が出るのか?」といった疑問が定期的に飛び交います。しかし、結論から言うと賞金や年金などの金銭的給付は一切ありません。
「国民栄誉賞表彰規程」において定められているのは、内閣総理大臣による「表彰状」および「盾(本賞)」の授与のみです。ただし、副賞として内閣総理大臣の裁量により記念品が贈呈されます。この記念品に関する実態には、以下のような特徴があります。
- 予算の相場:記念品の予算上限はおおむね100万円前後とされています(税金から支出されるため厳格に管理)。
- 選ばれる品:日本の伝統美を象徴する輪島塗、西陣織、高級漆器、銀製品、精密時計などが中心。
- 本人の希望反映:受賞者の希望やゆかりのある地域の特産品が考慮されるケースが多くあります(例:なでしこジャパンへの「熊野化粧筆」、伊調馨選手への「西陣織の帯」)。
特筆すべきは、2018年に当時23歳で個人最年少受賞を果たした羽生結弦選手の対応です。羽生選手は「被災地や応援してくださった皆さんの代表としていただく賞であり、自分個人へのご褒美は不要」という趣旨から、副賞の記念品を辞退しました。授賞式当日は、地元・宮城県仙台市の伝統絹織物である「仙台平(せんだいひら)」の紋付袴姿で凛々しく出席し、国民に強い感動を与えたことは記憶に新しい事実です。
なぜ断ったのか?国民栄誉賞を辞退した「4人」の真相と生々しい理由
最高峰の名誉である国民栄誉賞ですが、政府からの打診を断った人物が存在します。公に打診を受けて辞退した記録が残っているのは、福本豊、落合博満、古橋廣之進、イチロー(鈴木一朗)の4名です。彼らが賞を辞退した背景には、プロフェッショナルとしての強烈な矜持と独自の人生観がありました。
① 福本豊:「そんなんもろたら立ち小便もでけへんようになる」
1983年、世界記録となる通算939盗塁を達成した阪急ブレーブスの福本豊氏。中曽根康弘内閣から授与の打診を受けましたが、即座に固辞しました。後に語られた「そんな立派な賞をもろたら、飲み屋の帰りに立ち小便もできんようになる」という発言は昭和の伝説として語り継がれています。自著や後年の特番インタビューにおいて福本氏は、「自分は野球を仕事として楽しんでやってきただけ。お国から表彰されるような模範的な人間ではない」と、過度な社会的模範を背負うことへの違和感を率直に明かしています。
② イチロー(鈴木一朗):前人未到の「3度の辞退」
メジャーリーグで数々の歴史的記録を打ち立てたイチロー氏は、2001年(MLB新人王・MVP)、2004年(シーズン262安打記録)、そして2019年の現役引退時の合計3回にわたり授与の打診を辞退しています。現役中の辞退理由は「まだ現役で発展途上の選手であり、モチベーションが低下する恐れがある」というストイックなものでした。2019年の引退時にも「人生の幕を下ろしたときにいただけるよう励みます」と伝え、賞の重みを理解しつつも、自身の人生の歩みを完結させるまで栄誉を保留するという究極の美学を貫きました。
③ 落合博満:「まだ野球の現役であり、評価される時期ではない」
1986年、史上初となる3度目の三冠王を獲得した落合博満氏。中曽根内閣からの打診に対し、「自分はまだ現役のプレーヤー。賞をもらって満足するわけにはいかない」として辞退しました。誰にも阿らず、己のバット一本で結果を出し続ける孤高の職人気質が如実に表れたエピソードです。
④ 古橋廣之進:「水泳界の代表であり、個人としてもらうべきではない」
戦後日本の復興期に「フジヤマのトビウオ」と世界で称賛された水泳の古橋廣之進氏。後年に打診があった際、「当時の記録は日本水泳連盟や国民の皆さんとともに成し遂げたもの」として個人での拝受を固辞しました(※なお、古橋氏は2009年に文化勲章を受章しています)。

【徹底解剖】国民栄誉賞の授与基準と選考プロセスの実態
そもそも国民栄誉賞はどのような基準で選ばれているのでしょうか。「国民栄誉賞表彰規程」第2条には、授与の基準が極めてシンプルに記載されています。
「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、内閣総理大臣が表彰する」
この規程から分かる通り、具体的な数値目標や明確な客観的ハードル(例:五輪メダル数や本塁打数など)は明文化されていません。選考プロセスは以下の手順で進められます。
- 首相・官邸主導での候補者選定:社会情勢や国民世論を考慮し、内閣官房がリストアップ。
- 有識者・関係者への意見聴取:民間有識者で構成される意見聴取会などで妥当性を確認。
- 本人(または遺族)への内意打診:辞退の意向がないかを水面下で確認。
- 閣議決定および正式発表:閣議を経て内閣総理大臣表彰として正式決定。
基準が定性的一文であるため、政権の支持率浮揚を狙った「政治利用ではないか」という批判が昭和の時代から現在までしばしばメディアで論じられてきました。しかし、世論調査やSNS上の声を俯瞰すると、受賞者の圧倒的な実績そのものに対しては国民の大多数が納得と称賛を送っているのが実態です。
一般に知られていない盲点とネットの誤解
国民栄誉賞に関して、ネット上で散見される誤認や意外な事実について検証・整理します。
① 女性受賞者の割合はどれくらいか?
創設当初は男性中心の授与が続きましたが、1989年の美空ひばり氏以降、女性の受賞が顕著に増加しています。2000年の高橋尚子氏、2011年のなでしこジャパン(団体)、2012年の吉田沙保里氏、2016年の伊調馨氏、そしてスピードスケートの高木美帆氏など、特に国際スポーツ舞台で不滅の金字塔を打ち立てた女性アスリートの存在感は際立っています。文化面でも長谷川町子氏や森光子氏など、女性の社会的活躍を象徴する人物が選ばれています。
② 文化勲章や紫綬褒章との決定的な違い
国家表彰制度には、憲法に基づく「叙勲・褒章」(文化勲章、紫綬褒章など)があります。これらが文部科学省などの推薦を経て厳格な功績調査と長年の積み重ねを重視して授与されるのに対し、国民栄誉賞は内閣総理大臣表彰であり、時代性や国民的熱狂をリアルタイムで反映できる機動性を持っています。そのため、20代前半の若きアスリートに贈られるケース(羽生結弦選手、高橋尚子選手など)があるのが最大の特徴です。

【プロの結論】国民栄誉賞が日本社会に果たす役割と功績の評価軸
大衆文化とスポーツの社会心理学的視点から分析すると、国民栄誉賞とは単なる「個人の実績表彰」にとどまりません。それは、「混迷する時代において、日本社会が共有した一体感と希望の物語に対する公的な追認装置」としての役割を果たしています。
東日本大震災直後に世界を制したなでしこジャパンの戴冠や、病や怪我を乗り越えて世界を熱狂させたトップアスリートへの授与は、国民全体が集団的トラウマを乗り越え、自己肯定感を取り戻す心理的プロセス(カタルシス)と深く連動してきました。
一方で、イチロー氏や福本豊氏のように辞退を選んだレジェンドたちの生き様は、「国家による公的な枠組みに回収されない個人のプロフェッショナリズムと自立性」の尊さを浮き彫りにしています。賞を受けることも、あえて受けないことも、いずれも国民がその人物を敬愛する本質的な理由となっている点こそが、国民栄誉賞という制度の持つ奥行きと言えるでしょう。
【国民 栄誉 賞 歴代】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:国民栄誉賞の個人最年少受賞者は誰ですか?
A1:フィギュアスケート男子の羽生結弦選手です。2018年7月、平昌冬季五輪で66年ぶりの2連覇を達成した直後に授与され、当時23歳という史上最年少記録を打ち立てました。
Q2:国民栄誉賞を受賞すると年金や賞金はもらえるのですか?
A2:金銭の支給や年金の受給資格などは一切ありません。贈られるのは内閣総理大臣名の表彰状、本賞(盾)、および100万円前後の特注記念品(副賞)のみです。
Q3:外国人や外国籍の人は国民栄誉賞を受賞できますか?
A3:規程上、国籍要件は明記されていませんが、これまでの受賞者はすべて日本国籍(または日本国内で絶大な足跡を残した人物)となっています。第1号の王貞治氏は中華民国籍(台湾籍)を保持したまま受賞しており、国籍のみを理由に排除される制度設計にはなっていません。
まとめ:時代とともに変化する栄誉の価値と今後の注目点
1977年の創設から半世紀近くにわたり、国民栄誉賞は日本の昭和、平成、令和の歩みと国民の感動を映し出す鏡であり続けてきました。賞金ゼロでありながら、その社会的価値と名誉の重みは依然として極めて高い地位を保っています。
今後は、伝統的なスポーツ・芸能分野にとどまらず、グローバルに活躍する科学技術分野やデジタルカルチャーの開拓者、さらには多様性を象徴するパラスポーツ分野など、より多角的な視点で「国民に明るい希望を与えた者」が評価されていくことになります。時代を創り出す新たなヒーローの誕生とともに、国民栄誉賞の歴史はこれからも更新され続けます。 (出典: 国民 栄誉 賞 歴代(Yahoo!ニュース))